はじめに
「ヒップアップしたい!」これは、女性のお客様から度々ご要望をいただく、トレーニング実践によって期待される成果です。イメージとしてはアスリートやモデル、ダンサー達の均整が取れたヒップ周りといったところでしょうか。憧れますよね。
さて、以下のレポートでは、その引き上げたいヒップ周り、“お尻のふくらみをつくっている”1)筋、“お尻を形成する大きな筋”2)で、“単一筋としては人体の筋で最大”2)の『大臀筋(だいでんきん)』という筋肉を取り上げています。
ヒップアップには、この大臀筋の大きさや姿勢(拮抗する筋、関連する筋とのバランス)、皮下脂肪などが関連し、それらによってヒップの見た目が決まります。トレーニングによってヒップアップを目指す方のターゲット筋となる大臀筋の理解と、ヒップアップ達成に向けた実践への参考になれば幸いです。
大臀筋について
1.大臀筋の機能と主な働き
ヒップアップのターゲット筋となる大臀筋の機能、主な働きは以下のとおりです。
肥田ら1)によると、
- 大腿骨(股関節)の伸展、外旋
- 上部線維は外転
- 下部線維は内転
- 腸脛靭帯を緊張させ、膝関節を伸展し固定する
- 下肢を固定すると、骨盤を後に引く(下制)
荒川2)によると、
- 股関節の伸展(全体)
- 股関節の外旋(全体)
- 股関節の外転(上側)
- 股関節の内転(下側)
Thompsonら3)によると、
- 股関節の伸展
- 股関節の外旋
- 股関節の内転の補助(下部の筋線維)
高橋4)によると、
- 腸腰筋と拮抗的に働き、股関節を伸展する。
- 上部だけが作用すると大腿筋膜を張り、腸脛靭帯を介して下腿をまっすぐに伸ばす。このとき、同時に下肢を外転する。
- 下肢が固定されていれば骨盤をひいて体幹を直立させる。
Kingston5)によると、
- 股関節の伸展。とくに階段を上るときのように屈曲位からの伸展。
- 股関節の外旋の補助。
- 腸脛靭帯を引っ張ることによる股関節の外転。
- 骨盤の前傾の抑制と、これによるよい姿勢の保持。
Schünkeら6)によると、
- 股関節(筋全体):外転、外旋;冠状面(前頭面)における骨盤の安定
- 股関節(上部繊維):外転
- 股関節(下部繊維):内転
ケンダルら7)によると、その作用は、「股関節の伸展、外旋で、下部繊維は外転を補助する。上部繊維は内転を補助する。腸脛靭帯に付くことから、膝伸展位での安定性を助ける。」とあります。
以上のように、大臀筋は股関節の動きに関わり、姿勢保持にも働く筋肉であることが分かります。
2.大臀筋を使う身体活動動作
日常での身体活動(生活活動+スポーツ)時に大臀筋が働く動作は以下のとおりです。
肥田ら1)は、大臀筋を使う動作として“階段をのぼる、ジャンプする、自転車のペダルを踏み込む”をあげています。
荒川2)は、“歩行や走行など片脚立ちの状態でより貢献度が高まる”と述べています。
Thompsonら3)は、“ランニング、ホッピング、スキップ、ジャンプで大臀筋は大変よく働きます。バーベルを担いでのスクワットでは、この筋肉が力強く収縮して股関節が伸展します。”と述べています。
高橋4)は“しゃがんでいる人が立ち上がったり、階段や坂道をのぼる場合にもこの筋が働いており、また、ジャンプする場合にも強力に働く。”と述べています。
大臀筋を鍛えるヒップアップトレーニング
ドラヴィエ8)によると、主に作用する筋として大臀筋が含まれているトレーニングは、以下の種目が挙げられています。
- スクワット
- オープンスタンススクワット
- フロントスクワット
- ダンベルスクワット
- レッグプレス
- グッドモーニング
- ランジ
- ケーブル・ヒップエクステンション
- マシン・ヒップエクステンション
- フロア・ヒップエクステンション
- ブリッジ
荒川2)によると、大臀筋がメインとなるトレーニングとして、以下の種目が挙げられ、大きな大臀筋のどの部位が強く刺激できるかも示しています。
自宅でできる種目 | ジムでできる種目 |
プローンシングルレッグレイズ ダンベルランジ:上部~中央 ワイドスクワット:大臀筋下部 ランジ | デッドリフト バーベルスクワット:下部 ブルガリアンスクワット:上部~中央 片足デッドリフト:上部~中央 股関節バックエクステンション(片足) バーベルランジ:大臀筋上部~中央 片手片足デッドリフト:大臀筋上部 ケーブルアブダクション:大臀筋上部 |
登坂歩行を用いたヒップアップトレーニング
大臀筋を刺激する方法として、アスリートやフィットネスモデルらは、上記のジムで行う種目のようにウエイトトレーニングを選ぶことが一般的ですが、かなり大きな重量を扱っていますので、これから運動を始めようという運動初心者には、負担感が大きく、敬遠される方も多いと思います。
そこで、以下に重い重りをもたずにヒップアップが期待できるトレーニングについて紹介します。参考になれば幸いです。
概要
谷所と江藤9)は、トレッドミルでの登坂歩行を用いたトレーニングで、臀部形状(ヒップの見た目)の変化を報告しています。
対象は、普段運動していない女子大学生9名。
トレーニングは、トレッドミルを用いて、傾斜15%、65~70%HRmax相当の強度で15分間、ウォーミングアップなども含めて約25分の歩行運動を、週3回の頻度で8週間実施されました。
結果
臀部の最突出部(横から見て一番厚い部位)が平均3.9mm上昇(最大8.6mm)。
また、臀溝(横から見たときのヒップと腿の間の窪み)が平均2.8mmの上昇(最大9.7mm)がみられ、有意差が認められたとのこと。
一方、体重と体脂肪率には有意差が認められていません。
運動時は、歩幅を大きく後方に蹴りだすように指示があり、トレーニング開始初期にはほぼ全員に筋肉痛が出たそうです。しっかりと意識され負荷がかかっていたことが分かります。
ただし、4週間後の中間測定では有意な変化は確認されなかったとのこと。
著者らも、”一定の効果を得るためには、8週間程度の継続が必要であることが示唆された。”と述べています。
また、対象が非鍛錬者であることも良好な反応を得た原因ではないかと考察されています。
これはトレーナビリティが高いということですね。すなわち伸び率が大きいということ。
まとめ
週3回で8週間継続する、傾斜15%で65~70%HRmax相当の強度で15分間行う、合計25分間の登坂歩行トレーニングによって、臀部の最突出部(横から見て一番厚い部位)が平均3.9mm(最大8.6mm)、臀溝(ヒップと大腿の間の窪み)が平均2.8mm(最大9.7mm)の上昇が認められました。
ジムを利用している方は、早速トレッドミルを傾斜15%にして、股関節の伸展を意識しながら歩いてみてはいかがでしょうか。
補足
なお、65~70%HRmax相当の強度について、求め方は以下のとおりです。10)
HRmax=220-年齢
例) 40歳の方の場合
65~70%HRmax =(65~70%)×(220-40)
=117~126
あとはこの目標心拍数117~126を保つように、トレッドミルの速度を調節しながら歩けばOK。
これで上記実験の通りに、運動時間を頻度、期間を行えば、研究結果並みの成果が期待できます。
筋トレに抵抗がある方でヒップアップを目指したい方が、トレーニングを始めるきっかけ、再開するきっかけになれば幸いです。
引用文献
- 1)肥田岳彦,山田敬喜監修:ぜんぶわかる筋肉の名前としくみ事典,成美堂出版,2012
- 2)石井直方監修,荒川裕志著:筋肉の使い方・鍛え方パーフェクト事典,ナツメ社,2015
- 3)Clem W. Thompson, R.T. Floyd著,栗山節郎監修,中村千秋,土屋真希翻訳:身体運動の機能解剖,医道の日本社,1997
- 4)高橋彬:人体解剖学第2版,てらぺいあ,1989
- 5)Bernard Kingston著,足立和隆訳:よくわかる筋の機能解剖,メディカル・サイエンス・インターナショナル,2002
- 6)Michael Schünke , Erik Schulte , Udo Schumacher 著,坂井建雄,松村讓兒監訳:プロメテウス 解剖学アトラス 解剖学総論/運動器系 第3版,医学書院,2017
- 7)ケンダル,マクレアリー,プロバンス著 椙森良二監訳:ケンダル 筋:機能とテストー姿勢と痛みー,西村書店,2006
- 8)フレデリックドラヴィエ著,白木仁監訳,今井純子訳:目でみる筋力トレーニングの解剖学,大修館書店,2002
- 9)谷所慶,江藤幹:登坂歩行トレーニングが若年女性の臀部形状に及ぼす影響,トレーニング科学.2015;26:85-91
- 10)中村好男:運動プログラム作成の理論(1)(2),健康運動指導士養成講習会テキスト(下),財団法人健康体力づくり事業財団,2007.