Contents
はじめに
「意識性の原則」により、トレーニング実践に向かう目的や意義を鮮明にすると、トレーニングに取り組む姿勢に影響が及び、より質の高いトレーニング実践につながります。その結果、望ましいトレーニング効果をもたらすものと考えております。
まずは調べ方を調べる
宮下1)は、“スポーツの世界で使われるトレーニングという言葉の意味”について、次のように述べています。
英語辞典によれば、トレーニングの動詞train(トレイン)は、17世紀初めごろは動物を命令にしたがわせるようにとか、芸をするように教育・訓練する、あるいは競走馬をレースにむけて準備させる場合に使われていたという。そして、18世紀の中ごろ、食事と運動によって、スポーツの試合にむけて身体効率を至適水準に到達させるという意味に使われたとある。
と英語辞典を用いて言葉の意味を調べ、原義による歴史的背景よりその意味の変遷について述べています。
そして、原義(語源的意味)であるtrain(トレイン)の意味について、
英和辞典によれば、トレインは他動詞として「仕込む、きたえる、養成する」、また自動詞として「からだをならす、きたえる」と訳されている。それゆえ、トレインを「きたえる」と訳すことにする。
と、他動詞、自動詞ともに共通の訳語「きたえる」を取り上げて、さらに、その意味を国語辞典を用いて調べている。
国語辞典によれば、「きたえる」は、「金属を火で熱し、また水に入れて打ち、その密度を強くする」「たびたび苦しい目にあわせて心身を強くする」とあり、きたえるの名詞である「鍛練」は、スポーツの世界で使われるトレーニングという言葉の意味を十分に表しているものと思われる。
として、「きたえる」の意味を確認した上で、training(トレーニング)とは「きたえる」の名詞形である「鍛練」を表すとし、その意味を定義した後、本文を展開しています。
「トレーニング」の意味を辞典で調べる
宮下の調査方法を真似て同じような手順を踏み、健康・体力づくりの世界で使われる「トレーニング」という言葉の意味を探ってみることにします。
英和辞典による「トレーニング(training)」の意味
英和辞典2)によると、「training」とは、
1.訓練(を受けること)。
2.訓練[教育]課程;(スポーツ選手の)養成、(馬などの)調教。
3.(練習・食事などによってつくる)コンディション
と訳されており、宮下が定義した「鍛練」という言葉は見られませんが、その類義語「訓練」3)という熟語が見受けられます。また、調教やコンディション(“[からだの]調子。”3))のように、「調」という語句が含まれていることが分かります。
英和辞典による「トレイン(train)」の意味
train(トレイン)の原義(語源的意味)は、
「引きずって行くもの」→「列車」;
「引きずって行く」→「従わせる」「仕込む」
とあります。
他動詞として、
〈人が〉〈人・動物〉を〔…するように/…に備えて〕教育する、訓練する、鍛える;
…に〔作法・習慣などを〕仕込む
と訳されています。
また、自動詞として、
訓練される;
〔…に備えて〕鍛える;
体調を整える
と訳されています。
原義からは従わせる人と従う人・動物、仕込む人と仕込まれる人・動物という関係性が見えてきます。また、体調を整えるというコンディションの意味もあることが分かります。
国語辞典、広辞苑による「トレーニング」の意味
国語辞典2)によると、
①[スポーツなどの]練習。訓練。
②[仕事の能力や技術などの]訓練。
③準備運動。
とあります。
広辞苑3)によると、
訓練。練習。鍛錬。
と宮下が“スポーツの世界で使われるトレーニングという言葉の意味”として定義した「鍛錬(=鍛練)」を含む3つの意味があると記されており、これら3つの熟語にはいずれも「レン(錬・練)」の文字が含まれていることが分かります。
さらに「訓練」、「練習」、「鍛錬」の3つの熟語それぞれで調べてみることにします。
「訓練」とは
国語辞典2)によると、「訓練」とは、
うまくできるように、教えて練習させること。
と記されています。
広辞苑3)によると、「訓練」とは、
実際に或る事を行って習熟させること。
一定の目標に到達させるための実践的教育活動。
動物に或る学習を行わせるための組織的な手続き。
と記されています。
「練習」とは
国語辞典2)によると、「練習」とは、
くり返しならうこと。
と記されています。
さらに、類義語の用法の違いについて、、
「練習」「習練」は、 「作文を練習(・習練)する」のように行動を対象とし、「訓練」「鍛練」は、「生徒を訓練(・鍛練)する」のように人を対象とする。
と記されています。
広辞苑3)によると「練習」とは、
“学問または技芸などの上達を目標に、くりかえして習うこと。”
と記されています。
「鍛錬(=鍛練)」とは
国語辞典2)によると、「鍛練・鍛錬」とは、
①金属をきたえること。
②はげしい練習や修行をつんで、からだや心、技などをきたえること。
と記されています。
さらに、類義語の用法の違いについて、、
「鍛練」は、ねりきたえることで、「訓練」は、教えて身につけさせること。
と記されています。
広辞苑3)によると、「鍛錬(=鍛練)」とは、
金属をきたえねること。
修養・訓練を積んで心身をきたえたり技能をみがいたりすること。
酷吏が、罪のないものを罪に陥れること。
と記されています。
漢和辞典による「訓」「錬・練」の意味
漢和辞典による「訓」の意味
広辞苑と英和辞典の両方に共通する訳語である「訓練」について掘り下げてみます。
漢和辞典5)によると、「訓」という文字のなりたちは、
「言(=ことば)」と、音「川(セン→クン」とから成る。ことばで教えさとす”
とあります。
そして、その意味は、
1.おしえさとす。みちびく。いましめる。おしえる。いましめ。おしえ。
2.字句の意味を明らかにする。よむ。また、よみ方。
とあり、ここでは1.が健康・体力づくりにおける「トレーニング」の意味を表していると思われます。
漢和辞典による「錬・練」の意味
次に、広辞苑で訳されていた3つの熟語に共通する「レン(錬・練)」の語意を調べてみます。
漢和辞典5)によると、「練」という文字のなりたちは、
「糸(=きぬ)」と、音「柬(カン→レン)」とから成る。ねってやわらかくしたきぬ。また、ねる。
とあり、その意味は、
1.生糸を煮て白く柔らかくする。ねる。また、ねりぎぬ。
2.白い。しろ。
3.繰り返しおこなって、よくできるようにする。きたえる。また、手をかけてよいものにする。ねる。
4.経験を積んでなれている。
5.よく知る。熟知する。
6.父母が死んで一周忌の祭り。また、その時に着る白いねりぎぬの喪服。
と記されていました。
さまざまな意味がありますが、ここでは特に3.の意味が健康・体力づくりにおける「トレーニング」の意味を表していると思われます。
また、「錬」という文字のなりたちは、
「金(かね)」と、音「柬(カン→レン=えらぶ)」とから成る。不純物をとりのぞく。
とあり、その意味は、
1.金属を火にとかして不純物をよりわけ、良質にする。ねる。
2.薬などをねり合わせる。ねる。
3.きたえて純粋なよいものにする。心身・技術・文章を磨きあげる。ねる。
と記されていました。
宮下が用いたきたえるの名詞「鍛練」はこちらの「錬」を用いたものと思われます。どちらも、手をかけてよりよいものにしようという意味が込められているようです。
漢和辞典による「調」の意味
次に、英和辞典で訳されていたコンディションを現す「調」の語意を調べてみます。
漢和辞典5)によると、「調」という文字のなりたちは、
「言(=ことば)」と、音「周シュウ→チョウ」とから成る。ととのう。
とあり、その意味は、
(一)1.ちょうどよくする。ととのえる。ととのう。
2.動物をならす。訓練する。しつける。
3.楽器を演奏する。しらべる。
4.嘲笑する。あざける。
5.⇒【調調】。
(二)1.役職をかえる。うつす。うつる。
2.徴発する。めしあげる。
3.税。みつぎ。
4.ことばや音の調子。しらべ。
5.風格。おもむき。
(三)朝。あした。
と記されていました。
様々な意味がありますが、ここでは(一)1.の意味が健康・体力づくりにおける「コンディション」を表していると思われます。
トレーニング用語辞典による「トレーニング」の意味
トレーニング用語辞典6)によると、
日常生活ではあまり必要としない運動を行なって、からだをよい方向へと変えていくことです。からだの発揮する力を増大させる目的で行う働きかけをいいます。 精神的なものと身体的なものに分けて考えることができますが、一般的にはからだを鍛えることの意味に使われることが多いことばです。
と記されています。
なお、上記“からだの発揮する力”とは、“精神的なものと身体的なものに分けて考えることができます”というところから、「力=筋力」のことだけではなく、「体力」を意味するものと考えます。(“精神的体力と身体的体力は、さらにそれぞれ行動体力と防衛体力とに分けて考えることができます。”6))
まとめ
以上、健康・体力づくりにおける「トレーニング」の意味を調べてみると、英和辞典では「訓練。訓練[教育]課程。調教。コンディション。」と訳され、国語辞典では「(スポーツなどの)練習。訓練。(仕事の能力や技術などの)訓練。準備運動。」と、広辞苑では「訓練。練習。鍛錬。」と訳されています。
共通の訳語である「訓練」には、“うまくできるように、教えて練習させること。”また、“一定の目標に到達させるための実践的教育活動。”という意味があり、“人を対象”とした“教えて身につけさせる”という教育的な意味が「トレーニング」の訳に籠められていることがわかりました。
これは、trainingの動詞trainの「従わせる」「仕込む」という原義から「トレーニング」とは、その意味に「能動―受動」という関係性が見られます。(なお、佐藤7)によると“「教育」とは、(中略)「能動―受動」といった「関係性」を本質とする事象として把握されねばならない”としています。)
また、漢和辞典による、「訓」の“ことばでおしえさとす”という文字のなりたちからも教育的な関係性が伺えます。
さらに、広辞苑で訳されていた3つの訳語に共通する文字、「レン(錬・練)」を漢和辞典を調べてみると、偏が「糸=きぬ」にしても「金=かね」にしても、繰り返し行う、手をかけることによって、より良いものに磨き上げていくという意味が籠められていることがわかりました。
よって、いくつかの辞典で調べた結果、共通の訳語である「訓練」を「トレーニング」の訳語とし、「訓」の“おしえさとす”と「練」の“ねる”というそれぞれの字義を踏まえた、“一定の目標に到達させるための実践的教育活動”という意味が、健康・体力づくりの場で使われる「トレーニング」という言葉の意味を十分に表していると思われます。
平成28年2月15日更新
平成28年12月5日更新
平成28年12月11日更新
文献
1) 宮下充正著「改訂増補版 トレーニングの科学的基礎」(2002)
2) 小西友七編「ジーニアス英和辞典」(1988)
3) 市川孝ら編「三省堂 現代国語辞典 第二版」(1992)
4) 新村出編「広辞苑(第四版)」(1995)
5) 影山輝國編「新明解 現代漢和辞典」(2012)
6) 栗山節郎総監修「トレーニング用語辞典」(1995)
7) 佐藤臣彦著「身体教育を哲学する―体育哲学叙説―」(1993)